会報No.53;高野山の歌碑や句碑をたずねてみませんか
- 2017年3月6日(月)
- カテゴリー|はすの会 会報
高野山は古くから永遠の墓所として御大師様を慕う人々を祀る墓石や供養塔が立ち並び、内外の参詣者が日々絶えることなく訪れています。
一方、有名な俳人・歌人の碑も数多く建てられています。墓石の間に苔むした碑(いしぶみ)を探し求めるのもまた楽しいものです。
こうした碑は墓石や供養塔とは異なったお山の一面を顕していますが、参拝者の中には、その存在すら知らない方が多いのも事実dです。
ご参拝の往き帰りに宗教に育まれた碑を読んで頂くことにより、御大師様のお力、高野山の奥深さを一層ご理解頂けます。
いくつか代表的な碑文を挙げてみますと。
あ
昭和天皇の御製(ぎょせい)
史(ふみ)に見る おくつきどころを
拝みつつ 杉大樹(おほき)並(な)む
山のぼりゆく
昭和52年高野山に行幸啓(ぎょうこうけい)遊ばされたおりの御製。燈籠堂前に建立されています。
※奥津城所(おくつきどころ)…墓所のこと
◇
松尾芭蕉の句碑
父母(ちちはは)の しきりに戀(こい)し
雉子(きじ)の声
奥之院参道中の橋を渡って御廟に行く途中にこの句碑があります。文字は池(いけの)大雅(たいが)の書です。
◇
旧玉川碑歌碑
忘れても 汲(くみ)やしつらむ 旅人の
高野(たかの)の奥の 玉川の水
奥之院公園墓地の参道に建つ。
高野山奥之院は、今も尚、現世の極楽浄土・日本人の永遠の墓所として続いています。
その他にも、与謝野晶子の歌碑や司馬遼太郎の文学碑などもありますので、散策して探してみるのも楽しいと思います。
「いろは歌」の意(こころ)は深い
現在宗歌として歌われている「いろは歌」は、お大師さまがおつくりになられたと言われております。
色(いろ)は匂 (にほ)へど(と) 散(ち)りぬるを
我(わ)が(か)世(よ)たれぞ(そ) 常(つね)ならむ
有為(うゐ)の奥山(おくやま) 今日(けふ)越(こ)えて
浅(あさ)き夢(ゆめ)見(み)じ(し) 酔(ゑ)ひもせず(す)
いろは四十七字(平仮名)をこのような漢字を使って書く事を知っている方は少なくなりました。
諸行無常(しょぎょうむじょう)
是生滅法(ぜしょうめっぽう)
生滅滅已(しょうめつめつい)
寂滅為楽(じゃくめいついらく)
という御経の言葉から引用されたと言われています。
この「いろは歌」は、『匂い豊かな美しい花もやがて散って行くように、人間もいつまでも若くはない。知らぬ間に年を老い死を迎える。すべて生きとし生けるものは必ず滅(ほろ)びると、これは自然の道理であり、はかない命を嘆いたり、煩悩の迷いに囚(とら)われることなく信念を持って生き抜いて欲しい』という深い意味も込められています。
今年も多くの皆さまのご参詣をお待ち申し上げます。
別格本山 持明院
住職 竹内崇雄
雑感
事務局スタッフ 前田昭博
今年は阪神・淡路大震災物故者追悼二十三回忌の年になります。
また、私が入社した年でもあります。
震災でご主人様と二人のお子様を失った会員様とのご縁は、入社間もない時でしたが、今でも鮮明な記憶として残っています。(この件については会報NO.37で紹介させて頂きました)
毎年1月17日には、仏舎利宝塔礼拝室に三霊の供養位牌をお祀りし、持明院僧侶に読経頂いております。
これは、最愛の家族を震災で失った会員様のご要望でした。
私どもスタッフが一番大切にしている事は、自分の両親や家族が亡くなった時と同じ気持ち又はそれ以上の想いで、皆様のご要望に応えさせて頂く事です。
会員様が参拝や法要にお越しの時は、高野山駅までお迎えさせて頂き、車中でご質問やご要望をお聞きします。
持明院での法要を初めて行う方には、段取りや所要時間等を、十分説明させて頂きます。
仏事のご相談には仏教上大切な事と、生まれ育った地域や宗旨によるしきたりの違いなど、出来る限りご理解頂けるようにお答えさせて頂いております。
もちろん持明院との取り決めや、サービスに不公平が出ないためのルールがありますので、どうしても出来かねるご要望等については、ご説明の上お断りする事もございます。
そのときは、かわりに別の提案をさせて頂き、会員様が他に望む事は何かを必ず意識した対応を心がけております。
会員様は親族を代表して別格本山持明院での永代供養をご決断いただいたのですから、ご家族ご親族からも「いい所を見つけたね」と言われて初めてご安心できるのではないかと思います。
これからも引き続き持明院とはすの会事務局にお任せ下さい。スタッフ一同精一杯勤めさせて頂きます。
はすの会 会員便り
お四国お遍路、高野山
(兵庫県)伊藤 和子
昔、お大師様が辺土修業をされた道。佛教を学び、多くの寺院を開基された同じ道をお大師様と共に歩んで行く。その道は同行二人(どうぎょうににん)。いつもお大師様が護って下さると言われています。グルっと廻って元の所に戻るとされる場所として、お四国が選ばれたのでは?とも言われています。お遍路は永い人生の途上に起こる様々な出来事に遭った時に、原点に顧って考え直す、つまり初心に戻るという意味を持っています。お四国はお大師様が生まれ育ったところでもあり、後世に数多くの偉業を遺され、真言密教の教えを広め、人々の信仰を深め、より強く結びついて今日に至っています。人生をいかに生き、苦しみや悲しみをどのように乗り越えていくのかを考えさせる所、佛教の本質を有している所、それがお四国お遍路と思っています。
人の営みは日々何気なく過ごしていても多くの人々との繋がりは欠く事はできず、お接待(・・)の行為を通し、相互に感謝の気持ちを忘れず、自らの幸せを祈り、自分を大切にし、更に全ての人々はもとより、世の中の生命(いのち)あるものの幸せを願い、困っている人には手を差し延べる事。学問だけでは人々の心を救うことは出来ません。
お遍路の旅は信念をつくり、自らの思想を清め、お大師様の心に近づく最良の道と、ご先達様のお話等も学びながらのお遍路です。
坂あり、長い階段あり、かなりの難所もある文字通りの遍路ですが、本堂、大師堂での勤行を済ませた後の気分は、とても爽やかになります。
八十八ヶ所を巡り終え、その後に現世の浄土と言われる高野山奥之院。お大師様へのお礼参りをしてお四国お遍路も結願となります。
平成26年1月のお礼参りが、私にとり忘れる事の出来ない所、幸せを感じた所となりました。前日から降った純白の雪景色(20センチ位)、燦々(さんさん)と降り注ぐ暖かい太陽、空は真青、この高野山の草や苔でも良い、ここで眠る事が出来ないだろうかと思った一瞬でもありました。その一方で、私と二人で始めた遍路の途上、満願を果たせず他界した主人の永眠にふさわしい場所になると感じました。
後日、持参明院様のご縁をいただき「はすの会」へ入会し、心の安らぎを覚えています。又本年(平成28年)も『逆打ち』のお遍路に出ています。今回の逆打ちは、自分の為、しっかりと自分を見つめ、人生の価値転換を起こし、人々の苦しみを深く考え、向き合い、助け会える心を持ち、強く生き抜いていく力を身に付ける為、修業のお遍路に出ました。今回もお大師様に導かれ、多くの方々に支えられて、何とか満願する事が出来ました。
皆様の幸せな日々えお祈りつつ。
スタッフより
伊藤さまをお遍路に導かれたご主人は、
志半ばで他界され、昨秋三回忌を
迎えられました。
やっと独り歩きができるように回復
された伊藤さま、これからはお大師様と
同行二人で余生を歩まれんことを心か
ら祈り上げます。
仏舎利宝塔整備工事
スタッフ 池端早苗
会員の皆様には日頃よりお世話になっております。納骨・年忌・その他(命日・初盆・彼岸・追善)法要等その折々に奥之院仏舎利宝塔へご参拝頂き感謝申し仕上げております。その仏舎利宝塔も建立時より30年を経過し、高野山の厳しい風雪に耐え現在に至っております。そこで降雨・雨水時に問題が無き様現状を調査点検し、雨水の排水対策及び土砂流出の補強対策工事を実施しました。(施工業者・鹿島道路関西支社:施工日平成26年9月)又、防犯の為に監視カメラも設置いたしました。これも偏に会員の皆様とのご縁を持たせて頂き仏舎利宝塔でご安心してご参拝して頂ける様にする事が我々スタッフの勤めである事、肝に銘じ日々精進して参りたいと思っております。
監視カメラ
補強工事1
補強工事2
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